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広島高等裁判所岡山支部 昭和34年(ラ)11号 決定

抗告人 富田茂

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の理由は別紙の通りである。

本件記録によれば本件競売事件の公告中の賃貸借関係の記載に本件競売物件中の店舗と居宅の二棟につき「その全部を岡山市内山下四七中国水産株式会社に賃貸し」とありその賃料を「一ケ月五千円」とし、又「此一棟は清近勝治に賃貸し居り云々」と記載してあることは、抗告人主張の通りであり、右中国水産株式会社は既に昭和二十五年十一月三十日解散し、現に清算中であつて、しかも右店舗及び居宅の賃借人は、右中国水産株式会社に非ずして中国水産食品株式会社であり、その賃料も一ケ月四千円であることは、抗告人が疎明として提出した中国水産株式会社及び中国水産食品株式会社の各登記簿抄本、本件競売家屋の登記簿謄本、宅地建物賃貸料計算帳により認められるところである。

併し不動産の競売に当り、その不動産に賃貸借あるときは、その期限並に借賃等を公告せしめることにした理由は、或はこれにより競買人に不動産の価額を推測できるようにし、又は競落後の賃貸借から推して競買申出額を決定する標準を得ることができるようにするためであつて、その公告すべき事項も期限並に借賃及び敷金に関する事項と定めてあり、賃借人の氏名を公告することは要求していないのであるから、その賃借人の氏名に誤りがあつたにしても、右公告を規定した法意を没却するものではなく、本件物件の所有者たる抗告人の利益を害するものでもない。従つて右のような誤りは未だ原決定を取消すべき事由とはならない。

次に公告されている本件店舗及び居宅の賃料は実際の賃料より高いのであるから、競買人がこの公告の記載を信ずることは、競売物件の評価をしてより高価ならしめるものというべく、この意味において、本件賃料の記載は所有者である抗告人にとつて利益にこそなれ、不利益になることはないといわなければならない。しかもその誤差は千円に過ぎないものであるから、公告におけるかかる記載の誤りは、本件競落を許さないほどの瑕疵とするにあたらない。

次に公告記載の「此一棟は清近勝治に賃貸し云々」の記載のみによつては、「此一棟」が直ちに本件競売物件中の木造かわらぶき平家建納屋一棟を指していることが明らかであるとはいえないけれども、本件において競売に付されている建物は右納屋一棟の外木造かわらぶき平家建店舗一棟及び木造かわらぶき平家建居宅一棟計三棟である旨表示してあり、その賃貸借に関する公告には、先ず「右店舗、居宅は中国水産株式会社に賃貸し云々」と記載し、その後に引続き「此一棟は云々」と記載してあることよりして、「此一棟」が前記競売物件中の残余の納屋を指しているものであることを判定することもさして困難とはいえないから、これを以て公告の要件を欠き本件競落を許すべからざる瑕疵に該当するとすることはできない。

以上何れの抗告理由よりするも、原決定を取消し、本件競落を許すべからざるものとすることはできないから、本件抗告は理由ないものとして之を棄却すべきものとする。

よつて主文の通り決定する。

(裁判官 高橋英明 浅野猛人 小川宜夫)

抗告の理由

本件競売期日の公告中には競売法第二十九条民事訴訟法第六百五十八条第三号に定める賃貸借関係の要件の記載に違法がある。

一、公告には目的物件中店舗と居宅との二棟を指して、「上記店舗と居宅はその全部を岡山市内山下四七、中国水産株式会社に賃貸して居る」とあるけれど、その事実は無い。

中国水産株式会社は岡山市難波町七拾五番地に本店を置き昭和二十五年十一月三十日解散し現在では清算目的の範囲に於てのみ存在する清算中の会社であるから信用対象としては誰でも一応疑問を持つのが常識であり、この会社に賃貸してあると言ふ不実の公告は、土地家屋の賃借権が物権であるとか所有権に優るとか言はれる現代に於て競売につき甚しく債務者の利益を害する。そうして清算中の会社としてのみ現存するこの中国水産株式会社との間には賃貸借関係が無いのを、有ると公告したのは違法と謂はなければならない。

二、次に公告中店舗居宅だけの賃借料として「賃料一ケ月五千円」とあるのも事実とは違ふこと甚だしい。

同建物は岡山市内山下四七、中国水産食品株式会社に賃料一ケ月金四千円と定めて昭和三十三年七月一日から満三ケ年の賃貸期間とし右七月一日建物を現実に引渡して現在賃貸中であり、この短期賃貸借は始期が抵当権設定後ではあつても競売開始決定前であるから競落人に対抗し得るものであるが、一ケ月四千円の賃料を五千円と違えて公告したことは、あたかも「八十八坪の宅地を八十坪と表示したるは、全く不動産の表示を為さざるものと謂うべく、従つて競売法の競売を許さず」との判旨(大審院昭和五、一、一五日決定)と同様に此の公告は、全く借賃の表示を為さざるものと謂うべく、中国水産食品株式会社に対する右賃貸あることを表示しない点と共に何れも違法である。但し、競売事件の(抗告外)宅地は賃借権設定登記のとおり賃料一ケ月金壱千円で中国水産食品株式会社に賃貸中であり此の賃料を合算すれば五千円となるけれど公告は宅地の貸借有無を全然掲げず店舗と居宅だけの賃料を一ケ月五千円としてゐるのである。

三、公告の賃貸借事項中、納屋一棟物件表示が全く脱漏してゐるのも違法である。

これは執行吏安原浮一の賃貸借調報告書のとおり赤磐郡吉井町周匝清近克治(公告の勝治は誤り)に対し本件抵当権設定前から賃貸してあるが公告には、目的物件を指示せずして「此壱棟は清近勝治に賃貸し居り期限の定めなし云々」とある。茲に「此の壱棟」とは何を指してゐるのか判らないから斯の如き賃貸借関係の公告は違法である。

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